月下の孤獣 2
      
〜書きたいところだけ書いてみた…の、もっと極端に思いついたネタもの


  *小説版未読なため、
   一部、原作と微妙に異なる設定や背景がしいてあります、あしからず。



     2



中島敦と名乗ったポートマフィアの構成員は、見るからにまだ十代だろう若者で。
頑健でもないむしろ華奢な体躯だというに、
何かしらの異能力者であるらしく。
機関銃から放たれた弾丸の雨あられをこの至近で防いだ能力から察して
戦闘系か防御上位の異能かと思われる。
おとりになって罠を仕掛けた樋口という女性構成員は
いきなり機関銃を撃ってくる余裕のない気性らしかったものの、

 「向こうからは見えないし、
  叫びでもしない限り、物音も気配も響かない。」

芥川と共に居た探偵社の先輩、谷崎潤一郎の異能は“細雪”といって、
周囲へ溶け込むのみならず、本物と寸分違わぬ幻影を作り出すことも出来、
幻惑に注意を逸らしつつ気配を殺したままで移動も可能。
時間稼ぎも出来るので、潜入や逃走補助には打ってつけの異能で、
ナオミ嬢を先に逃がしたのは、
一緒に固まって動くよりも注意をせねばならぬ対象を分けたほうが
相手の集中も偏ろうと思ったからで。
降りしきる雪のスクリーンに守られて、相手方の傍らを通るという危険も何のその、
兄を信じた彼女はそれでも出来るだけ大回りする格好で敵陣営を突破すると、
そのまま路地から脱出してゆく。
芥川青年が目当てだと言っていたので、これで確実に妹さんは除外対象とされたはず。

 「そこかっ。」

樋口嬢が路地の奥向きの一角へ銃口を向けて何ターンか撃ったが、
そこに現れた砂色コートはあっさりと泡の如くに掻き消えて、

 「樋口さん、本命を撃ってどうしますか。
  幻影だったからよかったものの、今のが本人だったら致死クラスの重傷ですよ?」
 「す、すみませんっ。」

うら若い上司に窘められ、慌てて謝る様子が見て取れる。
どうやら彼女はあまり場数は踏んでいないようで、
そんな部下をあてがわれた青年は、
焦るあまりに失態もやらかそう部下の不足を補って余りあるほどに、
我慢強くて懐も深い人性だということだろうか。
緊迫の現場でこれとは…とお気の毒にと思いはするが、
こちらにはそれもまた格好のチャンスと言えて、

 「このまま僕らも路地から出るよ。」
 「…。(頷)」

足音も忍ばせて、勿論声も極力立てず、
路地の出口側に依然として立っている相手の横合い、
そおと歩みを進めて通り過ぎんとした二人だったが、
もうちょっとですり抜けられるという間合いで、黒外套の青年の眼差しが短く瞬き、

 「残念。こうまで滞在されては匂いで気が付きますよ。」

そんな声が掛けられ、しかもサッと腕を払われた。
さすがに距離は取っていたので直接自分たちへまで何か当たるということはなかったが、
そのまま雪のスクリーンがあっという間に霧消したのへは、さすがに驚いて谷崎がぎょっとする。

 「何が…。」

確かに盾になってくれるほどもの強靱な障壁ではないけれど、
それでも目くらましの効果も伴ってのこと、
衝撃を受けても多少は時間をかけてじわじわと消える筈のスクリーンが、
化学反応でも起きたかのように瞬時に消え失せてしまった凄まじさ。
何をしたのかと反射的に見やった先、敦と名乗った青年の横薙ぎにされた側の腕が、
大きめだった外套の袖の目一杯に膨らんでおり、
先から出ている手はなにやら獣のような様相に転じている。
指先には尋常ではない長さの黒い爪があって、

 「虎?」

白い毛並みに黒い縞模様がかすかに見えて、だが、
そこまでを見取ったそのまま、返すひと薙ぎで谷崎は地面へどうッと倒れ込む。

 「谷崎さんっ。」

受け止めようと伸ばした芥川のその手は、だが、
黒外套の青年に掴み取られており、

「これ以上の猶予は出来ません。
 ああ、心配は要らないよ? その人は気絶しただけだから。」

二薙ぎ目では爪は出していなかったしね、血の匂いしないでしょう?と、
綿入りのスポーツのグローブでも嵌めているかのような大きさに転変しているそちらの手を振って見せ、
やはりほんわり笑う彼であり。
屈託のないその笑みが 先程までは幼く見えたが、
今は ただただ薄気味悪く見えてならずで、
倒れ伏した谷崎の背に手を置くようにして屈み込んでいた芥川は自身の背条を凍らせる。
貧民街にも性分の悪い輩は山ほどいた。
まだ子供だというにウソがうまくて隙あらば他人の物をかすめ取るとか、
弱っているふりをして同情を引いては過分に施しを受けるとか、
平気で人を踏みにじるような胸糞が悪くなるような連中もたんと居たが、
ウソがばれたら死ぬほど殴られたりもしたのだから必死にもなろうというもので。
何より、非力な存在が明日も生きるためには、命をつなぐためにはしょうがないのだと
どこかで納得しなくもない手合いばかりだったと思う。
だが、この青年はそういう輩と同じじゃあない。
十分に力を持っていつつ、なのに腰を低くし慇懃無礼に振る舞っているようにしか見えない。
威嚇的でいるのは場の空気を悪くするとかどうとかいう、
合理的な想いからのそれなのかもしれないが、
こんなに穏やかな物腰なのに脅威しか感じないのだから相当な人性だと思えてやまず。

 「…っ。」

いつまで掴んでいるのだと、腕ごとその手を邪険に振り払えば、
あらまあと呆れたような貌になる彼で。
そんなやり取りを見、無礼者とでも言いたいか “貴様…”とお冠になりかかる樋口嬢へ、

「樋口さんも移送車まで戻って待機していてくださいな。
 すぐにでも出せるようにと。だって通信は出来ませんので。」

他でもない白の青年が間に入るようにしていなしてしまった。
フリフリと先程の短波発信機を振って見せて納得させ、
恐縮しきりの後輩さんを、先程ナオミ嬢が駆けて行った方へ追いやってのさて、

「さて、芥川さん。
 こうなってはもう譲れはしません。貴方を捕獲させていただきます。」

樋口と向かい合っていた姿勢から、
足元ごとこちらへ向き直る格好へとなり、残った芥川と真っ向から向かい合う。
十代の物知らずなんかじゃあない、
この男、中身もしっかりマフィアの充実に満ち満ちている。
先程からの落ち着き払った様子は余裕から来る温厚さであり、
攪乱されてもまるで動じもしないままだったればこその、
丁重慇懃な態度だったのだと今頃に思い知る。それでも、

 「そうと言われて そうですかと肯首する奴がいると思うのか?」

自分を庇ってくれた谷崎の奮闘を無になど出来ないし、自身の矜持もあった。
新米だが、これでも武装探偵社の一隅だ。
そう簡単に言いなりになってたまるかとの意気地が芥川の腹で沸いた。
貧民街で死に物狂いで生き延びた身だ、
対手を睨み据える顔には年期も入っており、憎々しげに相手を見据えれば、
さすがに白の青年もその顔から笑みは消して見せたが、

「見たところ貴方はまだその異能を完全に制御出来てはいない。
 探偵社の頭主である福沢氏の異能によって多少扱いやすくなっただけなのでしょう?」

そうと言われてぐっと言葉に詰まる。
言われたその通りであり、まだまだ動揺に飲まれると制御が利かない黒獣が暴走しかねない。
周囲を粉砕しまくって、何なら居合わせた妹の銀に飛礫が当たったこともある。
だが、

 “今のこの状況ならば…。”

谷崎も壁際に昏倒している。
この位置さえ意識して避け続けられればと、
片膝突いた姿勢のまま、着ていた砂色の長外套へと念を込める。
これは教育係となった太宰さんが選んでくれた入社祝いで、
いわば私の弟子になるようなものだから、と、
自分が着ているものと同じ型のを贈ってくれたもの。
一応は身長に見合うサイズを選んだそうだが、それでも微妙にぶかぶかで、

 『…まあ、まだまだ伸びようよ。』

苦笑交じりにそんな言いようをなさっていたっけ。
だが、実を言えば生地が多いに越したことはない。
自分の異能は着ているものを黒獣へと転変させるというものなだけに、
その素材となる衣類は多ければ多いほど効果範囲も広くなる。

 「…羅生門っ。」

赤い光を帯びて、外套の輪郭がゆらゆらと大きく膨れ上がっての揺らめき始める。
風もないのにたなびく裾が 元の丈より長く伸び、
明王像が背負う倶利伽羅竜王の火炎の光背の如くに激しく脈打っており。
時折爆ぜる輪郭から内側に向けてじわじわと、
黒く染まってゆくのが見ようによっては充分に威嚇的で、
もしかせずとも現在の彼の激発した感情がそのまま具現化してでもいるものか。

 “だとすると…。”

ちょっと面倒なことになるかもしれないなぁと、
指先で自分の頬を掻きつつ、それでも油断はしないで軽く腰を落として身構える白の青年で。
それ自体が意志ある生き物のように、芥川の背後にて揺らめき息づいていた火炎の様な黒獣は、
立ち上がった彼の動作に合わせ、幻想の魔獣のような頭を2つ3つほど形成すると、
そのまま疾風を切って対峙する相手へと飛びかかる。

 「…っ!」

手練れが勢いよく投擲した小柄のような切れの良い速さだったし、
咄嗟に左へと身を避けた敦の居た場所に容赦なく突き刺さり、擦り切れた石畳を粉砕した威力も物凄い。
しかも、第一陣は避けられることが織り込み済みだったか、
二陣三陣がずれ込んでの立て続けに追って来たので、
避けたそのままもっと奥まった方へと避けざるを得なくって。
身軽に宙へと身を躍らせ、後方転回で危なげなく躱したものの、

 “これではどちらが奇襲を仕掛けた側か判らないなぁ。”

外套の腰辺り、衣嚢に両手を突っ込んでやや上体を前へと倒す格好になっている芥川で、
それが異能を操る基本の姿勢らしいのだが、
追い詰められた末の発現なせいか表情がやや堅く、
噛みつき損ねた黒獣を引き戻したが、宙でよろよろと失速していたのを白の青年の側でも見逃さぬ。
目くらましやその場しのぎの飛び道具のような使いようしかしてこなかったのか、
先ほど指摘したように、まだまだ制御は完全ではないようで、
憤怒から起動させたせいで殺傷力は上がってもいようが、制御しきれていない刃物は使う側だって無事では済まない。

 「逃がすかっ。」

一旦引いた顎たちを、再び勢いよく投擲して来た彼だったが、
敦がギリギリまで溜めてから避けたため、その後背にあった建物の壁へ思い切り当たった黒獣が、
勢いを殺しきれずに大きく跳ね返る。
しかも、選りにも選って対面の壁の足元で倒れたままの谷崎へと跳ね返るのを見、

 「ちっ。」

他でもない敵のはずな白い青年がそれは素早くその身を切り返すと、
異能と谷崎の間に割って入って盾となった。
萎縮したわけじゃあないが、最悪の事態を目撃し、身が凍りかかった芥川よりも素早く動いた彼の脚へと
飛びつくように薙いだ黒獣の牙は、凶暴なまま空間を浚い取ったようで、

 「がっっ!」

食いしばり損ねた奥歯が鳴ったような硬質な音がして、どうッとその場へ黒外套の彼が倒れ込む。
さすがに澄ましてはおれない激痛に襲われたのだろう。
それでものたうち回ってわめくまでの取り乱しようはせず、
燃え盛るような痛みだろう脚の、残った腿辺りを両手で掴み締めると
ぎゅうと身を縮め、その場へうずくまる。

 「あ…。」

引っ繰り返した壷からあふれるような勢いの流血に
対峙していたのは間違いないが、この流れにはさすがの貧民街の悪童も息をのむ。
痛いなんてものではない、気が狂いそうな激痛が延々と収まらない、そんな地獄の苦しみに違いないのに、
石畳に伏せた銀糸の髪も白い頬も自身の血で徐々に赤く染まってゆく白の青年は
それでもこちらへ顔を向けると、

「…ボクから離れて。」

だくだくと溢れる血だまりの中にうずくまり、激痛に耐えつつも、捕獲対象のはずな相手へ離れよと指示。
逃げるには絶好の機会だというに、谷崎と彼とから目が離せぬまま、身動きが取れない彼だと気が付いたのだろう。
そうまで気が動転しかかっている芥川の視野の中、
不意に中島青年の全身が青白く光って、
見る見ると膨らみ、そのまま路地一杯に閃光が溢れた。

 「う…。」

触れたら確かな実体がありそうだった強い光は、だが、網膜に焼きつくこともなくするりと収束し、
その代わり、その光をすべて固めて集めたような存在が其処には居た。
そこにいたはずの黒外套の青年の、細身だった体格の数倍はあろう小山のような巨躯の白虎が姿を現している。
単なるトラなんかではない、水牛くらいはあろうかという大きさで、しかも存在感が半端ではない。

 「これが?」

ただの下っ端、末席にぶら下がっている現場担当だなんて言っていたが、
これこそが この青年の真の異能であるらしく。
黒獣に食いちぎられ、片脚がない状態だったものが光の輪郭で付け足され、完全体の虎となって出現し、
当然痛みも消え失せたのか、すっくと身を起こすと丸太のような、だがしなやかな四肢を伸ばし、
低い雷鳴のような唸り声を喉奥にてゴロゴロと転がす危険な獣はその視線を芥川へと向けてくる。

 「う…っ。」

転変前の本人が “自分から離れろ”と口走ったのは、理性も飛んでただの獣と化すからなのか。
何でそこまで気を遣われているのだろうと、そうと疑問に思ったのは後になってからの話で、
そこだけはさっきの青年と同じ、紫水晶のような透いた双眸に見据えられ、
どう対処すればいいのか判らぬまま、その場に凍り付いたように立ち尽くしておれば、

 「はぁい、そこまで。」

そんな声が割り込んできて、自分の周囲にとぐろを巻いてた黒獣がふっと掻き消えた。
何が起きたかさっぱり判らなかったが、緊張も同時に掻き消えて、
意識が途切れた黒の青年にはその後の流れは見えず聞こえずのまま。
一方、虎の姿もまたあっさりと霧消していて、
ついでに自分の流した血で汚れたはずの髪やら頬やらも綺麗になってる白の青年が、
恐れもなく大きな虎を撫でた相手へ微笑みかけており。

「お久し振りですね、太宰さん。」
「ああ。元気そうだね敦くん。」

倒れ掛かる後輩くんの痩躯を広い懐に受け止めつつ、あっけらかんとした声で返したその人は、
かつての教育係で上司だった人であり、ああ懐かしいなと敦もついついその顔をほころばせる。
太宰の表情も意をたがえて袂を分かつた組織の人間へ向けるそれにしては、穏やかそうな笑みを浮かべていたし、
探偵社の人間が居合わせたなら、女性相手でもここまで気を置かない顔はしなかろうと思ったほどの
ゆったりとした安寧を含んだそれであり。
どれほど気を許している相手かが自然と偲ばれようというもので。
そんな太宰が先に訊いたのが、

 「居心地の方はどうだい? 多少は入れ替わりもあったようだけど。」

あえて“何処が”とは言わなんだが、こうと訊かれれば今現在の近況報告に決まっていよう。
挨拶レベルの現状報告というよりも、敦が身を置くポートマフィアの内情だというに、
そうと問われたのへ、

 「皆さんから可愛がっていただいてますよ?
  入れ替わりと言っても、この四年でというと
  中也さんが五大幹部へ昇格されたくらいで主要な方々はそれほど。
  最近になってカジノからお越しの人がもう一席を埋められたようですが、
  太宰さんの席はまだ空いたままですよ?」

中也さんへの昇格人事は、親方からはすぐにでもとの勧めが再三にわたってあったようですが、
戦果を上げてからでないとと断固として固辞してらして。
ですが、あっという間に北関東の新興組織を殲滅なされたので早かったですねと、
ペロッとマフィア内部の現状を口にしてから、

 「ボクが時折太宰さんの影響受けたような物言いをするのへ、中也さんが爆発しちゃうのが気の毒で。」

言ってから気が付くボクの暢気さは咎められてはないようなのですがと、
自分では相済みませんと言いたそうに頭を掻く青年で。
首領への“親方”呼びといい、ああ相変わらずに天然なままだねぇとの苦笑を添えて、

 「させておきなよ。知能方面からの刺激が無くなっちゃあ早々と剥げてしまうからね。」

瑞々しいばかりのお顔をほころばせ、愛弟子の髪をさわさわと撫でてやる。
くすぐったそうに微笑って首をすくめた青年が、

 「織田さんはどうしてらっしゃいます?」

お返しとばかりにそうと訊いて来るのへは、口許へ人差し指を立てて見せると、

「森さんにはナイショだよ?
 一応探偵社に籍を置いてるが、情報収集専任でね。
 自分の身を守ることに掛けちゃあ護衛要らずだから、長距離派遣の連続なんだよ。」

どちらも抜け目はない人性、ただただ暢気に会話しているわけじゃあなくて、
先程敦が示した短波発信機が依然として妨害電波を撒き散らかしているからであり。
衣嚢へ仕舞うこともなくの目に見えるように手にしたままなのは、太宰を安心させるためでもあろう。

 “若しかせずとも、知らぬ間に盗聴器なんてものをくっつけられている恐れは大きいからねぇ。”

自分の警戒心とは違い、敦の側は習慣として身についている慎重さ、
首領相手にも油断しちゃあいかんと言い置いたその上での“それ”がちゃんと定着したままなのへと安堵しつつ、
太宰は改めて問いかける。

 「で? ポートマフィアがこの子に何用なの?」

いきなりの異能戦闘という緊張に耐えかねたか、
人事不省状態なままの痩躯をそおと谷崎の傍らへと横たえつつ、
太宰は元教え子にあらためて訊く。
途中までは聞いていたやり取りによれば、
ポートマフィアは 武装探偵社が迎えたばかりの新顔を掻っ攫うつもりだったらしいが、
今更 攻撃型異能を欲しがる人手不足でもなかろうに。
そこいらの不審から、推理するより早かろうと白の青年へ問いかければ、

 「とある依頼が舞い込みました。」

やはり衒いなく口を開いた彼であり、

 「北米の “組合(ギルド)”をご存知ですか?」
 「それこそ都市伝説じゃあないのかい?」

新大陸と呼ばれているが つまりは欧州で食いつぶした顔ぶれが一旗揚げようと繰り出した新天地であり、
先住の方々を追い込んで勝手に開拓し倒して今に至る、
まだまだ歴史も1000年に満たない某国家組織が幅を利かせておいでの大陸に於いて。
とある組織機構の存在が、建国よりのずっと囁かれ続けており。
並外れた異能を持つ顔ぶれで構成されていて、北米の歴史の陰で暗躍し続けているとの評判で、
まるで三文小説の悪玉たちの集まりみたいだなんて格好で扱われ、
本気にする人は少ないと情報通の太宰でも眉をひそめていたけれど。
教え子の青年は真顔のままでかぶりを振って見せ、

 「それがそうでもないらしい。」

団長は金もうけに異様な才を持つ成金男で、人心掌握術にも長けており、現地での人脈は無限。
それによってのことか団員全員が政財界や軍の要職を務めている。
なので、警察や裁判所の管轄対象外という“外交員特権”を駆使してこの国へも勝手気ままに入り込み、
何やら探し物をしているらしいのですが、

「不慣れな土地でも効く共通の言語があるとばかり、
 成金ならではで懸賞金というアコギな手法を取って、対象者に70億という大枚をかけた。」

 70億ですよ? 70円置くんじゃありませんよ?
 敦くん、それ関西の人の鉄板ギャグだから

本気か冗談かよく判らない一節が混ざったのは、
白の青年の胸のうちでも判断には微妙な点があったかららしく。

 「微妙曖昧な条件なんですがね。その身へ獣の特性を降ろす異能の持ち主だと。」
 「……あれ?」

その説明へ太宰がおややと目を見張ったのへ、何が言いたいかもすぐさま判ったのだろう、
自身もまた、月下獣を宿す身の彼は肩をすくめてはんなりと笑い返しつつ、

「親方は、ボクが標的かも知れないとされる前にと
 早々と手を打って、そちらの彼を捕獲せよと運びたいようでしたが、
 さてどっちが本命なのやら、そこはまだはっきりしてはないのです。」

そんなやり取りを交わしている場に、

 「敦。」

やや細い声が割り込んだ。
二人が揃ってそちらを見やるのと、とととっと小走りに寄って来るのがほぼ同時。
気配もなく現れたのは、赤を下地に様々な花がちりばめられた和装の少女。
腰まで伸ばした黒髪があでやかだが、まだ幼い風貌で。
ただ、こちらをやや睨んだ表情にはただならない存在感が滲み出す。
それを遮るような間合いで敦の声が無造作にかけられて、

「どうしたの? 鏡花ちゃん。」
「…樋口さんが待ってる。」

部外者を前にして名を呼んだのは
まだ不慣れならしい彼女が敦を呼んだような不用心さからではなく、
この子は彼が大事に思う子だという太宰への牽制のように聞こえた。
それを確信へ変えたのが、
愛しいといわんばかりに双眸を細めて笑んでから
そのつややかな黒髪の載った頭をそおと撫でてやったからで。
指のない手套をいつのまにやらわざわざ外した右手でという辺りも卒がない。
彼女にこれ以上の会話を聞かせるわけにも行かないのでと、

 「では、今日のところはご挨拶まで。」
 「うん。縁があったらまた会おうね。」

言われずともきっと縁とやらはありそうですがと、お互いに思ったが口にはしない。
白の青年が結構な情報を武装探偵社の人間へ包み隠さず話してしまったのは、
秘かに通じているからというのではなく、強いて言や天然さが出てのこと。
それはまま建前だとして、本当のところはと言えば、
ヨコハマに混乱を持ち込もうという存在が相手らしいので、
頼もしくも話の通じる元師匠へも情報を共有しておいた方が良かれと思ったからであり。
そこいらも汲み取った上で、無垢さを残しつつも聡明に育ってくれててよかったことよと安堵しつつ、
表向き 裏社会の人間である二人が立ち去って、幾合か間合いを数えてのそれから、
長い脚を折り込んでその場におもむろにしゃがみ込むと、

 「お〜い、起きなよ芥川くん。
  谷崎くんも起きて起きて。
  二人も負ぶって帰るなんて、虚弱な太宰さんには出来ないから。」

ぺちぺちと頬を叩いて起こした後輩たちが周囲の血の海にぎゃあと驚いたのを宥めつつ、
うん、何かポートマフィアがいたみたいだけど
お巡りさんこっちですって騒ぎながら駆け込んだら逃げてったよなどと、
いい加減な言いようで誤魔化した太宰さんだったのは言うまでもない。
血みどろな様相を見回した谷崎が、やや恐々と口にしたのが、

 「与謝野さんに誤解されないと良いんですが。」
 「???」
 「そうだね。
  芥川くんも女医せんせえから“どっか怪我してない?”って訊かれたら全力で否定してご遠慮するのだよ?」

でないと、実際に負うた負傷以上の恐ろしい目に遭わされるからねぇと、
曖昧ながらも含むもの大有りな助言をされたのもまた言うまでもなかったのであった。


  芥川くん、早く融通が利くようにならないと、この師匠の下で成長するのは大変だぞ?(笑)






     〜 Fine 〜    20.06.28.〜06.30

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 *いろいろな方が傑作を書いておられて、
  あまつさえ公式様まで…という立ち位置入れ替わりもの。
  何番煎じかという代物ですが、お暇つぶしのお供にでもしていただければ幸いです。
  一応原作に添うたお話を仕立て直してみましたが、
  これ以上はどうとして代わり映えもないでしょうから、此処で打ち止めということで。
  もしかしたら閑話ぽいのは書くかもしれませんが…。(おいおい)